


<ヴァイオリン講師>
竹田 楓子
たけだ ふうこ
〈略歴〉
♪3歳のころ、スズキメソードで
ヴァイオリンを始めました。
♪大学在学中、保育士として2年間
家庭教師として3年間勤務し、
子どもの教育に携わってきました。
♪在学中、スズキメソード品川弦楽団の
ドイツ・チェコを巡る海外演奏ツアーに
賛助として帯同。
国際音楽祭ヤング・プラハに出演しました。
♪昭和音楽大学を長期履修生として卒業し、
同大学の合奏研究員を務めています。
♪ヴァイオリンを
小森谷巧、松実健太、木村恭子
各氏に師事。
ー
室内楽を
菅野博文、松実健太、瀬川光子
各氏に師事。
ー
読売日本交響楽団や、ソロ、室内楽など
第一線で活躍されている方々の元で
日々、演奏技術、そして
指導の腕を高めてきました。
♪現在は音楽大学で
学生の方々の演奏を補助する
役割(合奏研究員)を担いながら、
多くのアマチュアオーケストラで
エキストラとして
演奏活動を行っております。

どんな先生なのか
イメージが湧かないあなたへ
どんな人生を送ってきたのか
簡単にまとめました。
よろしければご覧ください。
【ヴァイオリンを始めたきっかけ】

3歳のころ、
スズキメソードという音楽教室で
ヴァイオリンを習い始めました。
ヴァイオリンは両親の趣味でもあり、
コンサートに連れて行ってもらう
機会も多かったので、
「私も美しい音色で
演奏できるようになりたいな」と
自然に憧れるようになりました。
【進学校へ入学】
ただ、「音楽を仕事にするのは大変」
「プロの世界は厳しい」という話も
幼いころから耳にしていました。
モーツァルトのコンチェルト3曲が
弾けるようになったことを区切りに
レッスンは一度休み、
「女子御三家」のひとつといわれる
桜蔭中学校を受験し進学しました。
ヴァイオリンは趣味として続けよう
と一度は心に決めました。

【劣等 感を感じる日々】

中学校に進学しレッスンを再開しましたが、
同じお教室に通っている方の中には
小さい頃から音楽一筋の同級生がいました。
学校には、勉強一筋の友人もいました。
音楽と学問、それぞれの道で
一つを極める友人達が眩しく見えて、
どっちつかずだった私は
学校やレッスンに通うのが
辛い時期もありました。
【音楽への思いが強まる】
学生時代、唯一心から打ち込めたことが
管弦楽部でコンサートミストレス(首席奏者)
を務めたことでした。
後輩の皆さんを先導する役割として、
どう演奏し、どう指導したら
全体の音楽がより良くなるのか…
毎日考え、指揮者と話し合いながら
試行錯誤した思い出があります。
そうした努力が音として返ってくる楽しさ、
皆でひとつの音楽をつくるやりがいを感じ、
音楽の道に進みたい気持ちは
日に日に強くなりました。

【念願の音楽の道へ】

悩んだ末、音楽の道に
進むことを決めましたが、
音楽大学に通うのは
経済面から難しいことでした。
入学してからも仕事と練習の両立で
体力的に挫けそうになることもありましたが
保育・教育関係の仕事で生計を立て、
子どもたちの笑顔に支えられながら
卒業することができました。
卒業後は同音楽大学で
合奏研究員として勤務しています。
【講師としての想い】
音楽大学に通う中で、
一流の演奏家が感じる音楽のイメージや
楽譜の捉え方、テクニックなど、
様々なことを学んできました。
それらを多くの方々にわかりやすく伝え、
お子さまの持つ
「豊かな感覚」を伸ばす指導者になりたい。
幼稚園や小学校でお歌を学ぶように、
演奏という表現の楽しさを
たくさんの方に体験してみてほしい。
そう願って
ヴァイオリン教室を立ち上げました。

私自身、学生時代に支えてくれた両親や友人、
あたたかくご指導くださった先生方のおかげで今があり、
とても感謝しています。
尊敬する恩師である先生方のように、私も
ヴァイオリンが生徒さまの心の支えとなるよう
お手伝いできたらという思いでレッスンを行っております。

♪迷われている親御さまへ♪
ヴァイオリンには
演奏が難しいイメージや
家計の負担が大きいイメージがあって
なんとなく手が届かないように
感じていませんか?
しかし、それは
単なるイメージに過ぎません。
当教室では
先生との合奏も取り入れながら
【楽しく・本格的に】
学ぶことができます。
保育園の先生と話しているような
親しみやすい雰囲気の中で
レッスンが受けられます。
ていねいな指導を受け、
正しい練習を続ければ
必ず弾けるようになりますし、
ヴァイオリンから広がっていく経験は
お子さまの心と生活を
きっと豊かにしてくれます。
一緒にヴァイオリンに
チャレンジしてみませんか?
まずは、無料体験レッスンで
楽器を触ってみてくださいね。
お会いできるのを
心よりお待ちしております。
